GranCabrio - the origins
ここで紹介するモデルは、すべてがマセラティカスタマーの審美眼に応えるためにデザインされたものだ。1950年代初頭のA6/G 2000 フルア・スパイダー、その後にワンオフ製作された3500GT フルア・スパイダーには、時の名匠ピエトロ・フルアの創造性が発揮され、魅力溢れるモデルに仕上がっていた。以来、マセラティが送り出すコンバーチブルは、世界中のファンを魅了することになる。
1960年代初めにマセラティ 3500GT ヴィニャーレ・スパイダーをテストした英国の自動車専門誌『オートカー』は、以下のようなインプレッションを記している。「パワーの出方は申し分ない上、ロードホールディングも素晴らしい。運転してすぐにこの事実に気づかされた」。MG、モーガンら、数々のコーチビルダーが魅力的なモデルを製作、ことコンバーチブルにかけては他国に譲るところはない、と自負していた英国人ジャーナリストは、マセラティをドライブしてすぐにその認識を改めざるを得なかったようだ。
マセラティ・コンバーチブルの登場は、激動と高度成長の60年代を予感させていた。64年に登場したミストラル・スパイダーは、時代を象徴するミニマリズムデザインを身に纏い、255km/hという途轍もない最高速度を達成するパワーを秘めていた。ミストラルはその後、初代ギブリへと姿を変え、ヘンリー・フォード2世にも強い印象を残したという。同業他社の製品を好むとは何事か、と眉をひそめる側近に向かって、フォード2世はユーモアと皮肉たっぷりにこう応えた。「君たちにこれ以上のクルマが作れるのかね? それができるまで私はギブリに乗るとしよう。もっとも、美しさだけならフォードも負けてはいないがね……」。
新たなミレニアムを迎えた直後、マセラティ・スパイダーが米国市場に再デビューを果たす。カンビオコルサによる光速のギアシフトは、フォーミュラワン直系のテクノロジーであり、技術革新の急先鋒を務めてきたマセラティの伝統とも符合する。
その系譜は今、マセラティ史上初のフル4シーターカブリオレ、グランカブリオへと繋がった。既成概念への迎合を嫌い、常に新しいものを生み出そうとする情熱が卓越をもたらす。マセラティ・グランカブリオには、歴代スパイダーはもちろん、バードケージのヘリテージさえ感じられる。偉大な過去なくして、明るい未来には到達できないのである。



